「草木の色のものがたり―『あか』のお話し」、9月と10月のテーマは「紅花(べにばな)」です。



古くから染められている植物染料の一つ・紅花。
夏に咲くかわいらしい黄色い花が特徴で、日本にはシルクロードを伝って3世紀頃に伝来したと考えられています。
人類と紅花との付き合いは古く、紀元前のエジプトのミイラの衣服からもその色素が検出されているそうです。
染めに使うだけでなく、化粧品や薬品としても利用される他、種から油を抽出して食品としても利用されています。
紅花の「紅」は「くれない」とも読みますが、これは「呉(くれ)のあい」あるいは「高麗のあい」が訛ったものが由来のようです。
*「あい」は現在の藍ではなく、染料の意

日本では山形県が紅花の産地として有名で、「最上(もがみ)紅花」は江戸時代には全国流通の半分を占める生産量を誇りました。



これが紅花。
7月初頭、二十四節季の半夏の頃に開花が始まります。
広い畑の中で、なぜか1輪だけが必ず半夏の早朝に咲き、これを「半夏の一つ咲き」と呼ぶのだそう。
その後は日ごとに後を追うように他の花々も咲き始めるのだそうです。(不思議!)
染料や化粧品、薬として使用されるのはこの花の部分。
茎の末に咲く花を摘み取ることから、別名「末摘花(すえつむはな)」とも呼ばれます。
咲き始めは黄色い花が、日を追うごとに根元の方からだんだんと赤く変色していき、1/3ほど赤みが付いた頃が摘み時と言われています。


「紅花」という名の通り、この黄色い花からは美しい紅やかわいらしいピンク色が染まりますが、染めるまでには大変な手間がかかります。
まずは摘み取り。
紅花にはあざみのような鋭い棘があるので、朝露が下りて棘が柔らかい早朝に花びらを摘み取ります。(それでも結構ちくちくするので手袋は必須です)
短いピークの間に摘み時の花を見極めて無駄なく収穫するのはなかなか大変な作業です。

この花びらに含まれる赤の色素はわずか1%ほど。
残りの99%は水溶性の黄色い色素のため、まずは水でもみ洗いしながら黄色を追い出します。
洗い終わった花びらの水気を切り、臼に入れて杵でついたのち、一晩ほど置くと発酵して赤みが出てきます。
この花びらを丸め、潰して薄くのばし、よく乾かすと、紅花の赤を凝縮した染料・紅餅(べにもち)の完成です。
言葉で書けば簡単な作業のようですが、この黄色を追い出す作業がなかなか大変。
そして乾かす際は長時間日光に当てないほうが良い&素早く乾かしたいので、紅餅の裏表をこまめに返す必要があります。



*手前が潰す前の団子状の紅花。奥に紅餅が見えます。


染料店などでは、紅餅よりも花びらを乾かした「乱花」と呼ばれる状態のものが一般的ですが、これも黄色を出す作業がなかなかの重労働。
一晩水につけてはもみ、水を変えながらひたすら数十分もみ…
たくさん染めるときはちょっとした握力トレーニングのような気分になります。


*紅花の黄水(きみず)。少し油っぽい感じがありますが、これも染めることができます。



黄色を流した後は、残った赤を引き出します。
紅花の赤い色素はアルカリに溶ける性質があるので、草木灰の灰汁や炭酸カリウムを溶かした水などに数時間浸け、花びらを絞ります。
搾り取った赤い液にクエン酸などを足し、染液を中性にします。(この時に染液の色がさっと変わり、赤みがより増すのが分かります)
そしてやっと染められるのですが、「紅」と聞いて想像するような濃い赤を染めるには、この工程を何度となく繰り返して重ね染めをしなくてはなりません。
産地で伺ったところによると、連続でやるよりも1週間~1ヶ月程度は糸を寝かせた方がしっかり重ね染めができるそう。
そう考えると、濃い紅を染めるには大量の紅花だけでなく膨大な時間も人手もかかるのです。

小さな花びらを丹念に集め、赤を凝縮し、幾度も染める。
大変な手間がかかるため、濃い紅花染めの着物は大変高価なものでした。
指先を傷つけながら花を摘む娘たちには、一生かかっても手が届かないものだったそうです。


それだけの手間をかけても人々が紅花の色を求めたのは、唯一無二の色の魅力が故でしょう。
内側から光り輝くような、まばゆいばかりのピンク。
深く清らかな紅。
濃淡を問わず、紅花から染まる色には木や根からは生まれない花びらならではの明るさがあるのです。
特にピンクは「これが草木染め?」と驚くような鮮やかさで、染めながら思わず歓声が上がってしまうようなかわいらしさです。

9月・10月のワークショップで染めるのは乱花の紅花となりますが、鮮やかな色を楽しむことが出来ます。
明るくかわいらしい紅花の色をぜひお楽しみいただけますと幸いです。

*草木の色のものがたり―「あか」のお話しと草木染めワークショップ
2カ月ごとに染料を変えて開催中です。草木染め初心者の方もお気軽にご参加ください!
紅花の回に連続でご参加の方は重ね染めも可能です。
https://20250712red.peatix.com